© 2023 by Jessica Priston. Proudly created with Wix.com

Biography | 柏木風太朗
超端折り••
生い立ちの記

1956年6月23日(因みにこの日は沖縄慰霊の日)

 愛知三河の山村の農家で7人兄弟の末っ子として生まれる。

平和な子になれとの思い込めて、「和也」の名をいただく。

父は小学校教員、父の出勤の間は母が農業に励み、

7人の子をしっかりと育て上げる!

 和也は、毎朝「おはなはん」(当時の朝ドラ)を見、守屋浩の歌を口ずさみながら

大見小学校(今は廃校)に通う幼少期であった。   おかげ?で毎日遅刻した!

千賀かほるの「真夜中のギター」に酔いしれ、ピンキー(ピンキラ)に淡い恋心

抱きながら町立足助中学校に通う。

 フォークソングと社会変革に目覚めた和也は地元の県立足助高校へと進んだが、

入学して間も無く悪魔の5月病を患い、6月にはフォークシンガーを志し、

大阪に家出を敢行した

・・が、2日目にはホームシックに罹ってしまい3日目に帰宅した。

これが私の三日坊主の始まりでした。

 5月病の不安とは裏腹に、高校生活は気が遠くなるほど楽しい事ばかり。

友達とバンド組んだり、新任のおんな先生を好きになっちゃったり!

先生と一緒に手を繋いで行った(手を繋いだと言う記述は私の願望

映画「ジェレミー」のことは一生忘れないと思う。

 そして、楽しい高校時代の思いを断ち切り、泣く泣く受験して、

足切り点ギリギリで愛知大学法経学部経済学科に進んだ。

全く色褪せた4年間が過ぎた。卒業間近、

友人の冗談半分の言葉に乗っかってしまった!

曰く、「和也は面白いから役者にでもなれば!」

「役者?」「なーんだ、それ?」「よくわかんねーな!」

 

・・・で色々成り行きも手伝ってか、現在まで役者やらせていただいてます。

ただ、今でも時々あの時の言葉が頭をよぎります。

「役者? なんだこれ? よくわかんねーな!」って・・・・